<奇幻的舞朵>
三日目。
どうして君の事を思わないでいられよう。
君は南国の眩しい太陽の下で、育った学生。
僕は、雪の舞う北から、海を渡ってきた教師。
僕らはこんなにも違うのに、何故こうも惹かれ合うのか。
あの眩しい太陽が懐かしい。
熱い風が懐かしい。
まだ憶えているよ、君が赤蟻に腹を立てる様子。
笑っちゃいけないって分かってた。
でも、赤蟻を踏み様子がとても綺麗で、
不思議なステップを踏みながら、踊っているようで。
怒った身振り、激しく軽やかな笑え声。
友子。
その時、僕は恋に落ちたんだ。
<各自遠颺>
強風が吹いて、台湾と日本の間の海に、
僕を沈めてくれれば良いのに。
そうすれば、臆病な自分を、持て余さずに済む。
友子。
ただ数日の航海で、
僕はすっかり老け込んでしまった。
潮風が連れて来る泣き声を聞いて、甲板から離れたくない。
寝たくも無い。
僕の心は決まった。
陸に着いたら、一生海を見ないでおこう。
潮風よ。
何故泣き声を連れてやってくる?
人は愛して泣く、嫁いで泣く、子供を産んで泣く。
君の幸せな未来図を想像して、涙が出そうになる。
でも、僕の涙を潮風に吹かれて、
溢れる前に乾いてしまう。
涙を出さずに泣いて、僕は、まだ老け込んだ。
憎らしい風。憎らしい月の光。憎らしい海。
十二月の海は、どこか怒っている。
恥辱と悔恨に耐え、騒がしい揺れを伴いながら。
僕が向かっているのは、故郷なのか。
それとも、故郷を後にしているのか。
<給女兒>
夕方、日本海に出た。
昼間は頭が割れそうに痛い。
今日は濃い霧に立ち込め、
昼の間、僕の視界を遮った。
でも、今は星がとても綺麗だ。
憶えてる?君がまだ中学一年生だった頃。
天狗が月を食う農村の伝説を引っ張り出して、
月食の天文理論に挑戦したね。
君に教えておきたい理論がもう一つある。
君は、今見ている星の光が、
数億光年の彼方にある星から放たれてるって知ってるかい?
うわぁ。数億光年前に放たれた光が、
今、僕達の目に届いているんだ。
数億年前、台湾と日本は、一体どんな様子だったろう。
山は山、海は海。でもそこには誰もいない。
僕は、星空が観たくなった。
虚ろやすいこんな世で、永遠が観たくなったんだ。
台湾で、冬を越す雷魚の群れを見たよ。
僕はこの思いを、一匹に託送。
漁師をしている君の父親が、捕まえてくれることを願って。
友子。
悲しい味がしても食べておくれ。君には解るはず。
君を捨てたのではなく、泣く泣く手放したということを。
皆が寝ている甲板で、低く何度も繰り返す。
「捨てたのではなく、泣く泣く手放したんだ」と。
夜が明けた。でも僕には関係ない。
どっち道、太陽は濃い霧を連れて来るだけだ。
夜明け前の恍惚の時、年老いた君の優美な姿を見たよ。
僕は髪が薄くなり、目も垂れていた。
朝の霧が舞う雪のように僕の額の皺を覆い、
激しい太陽が君の黒髪を焼きつくした。
僕らの胸の中の最後の余熱は、完全に冷め切った。
友子。
無能な僕を許しておくれ。
<彩虹>
友子。
無事に上陸したよ。
七日間の航海で、戦後の荒廃した土地に、
ようやく立てたというのに、海が懐かしいんだ。
海はどうして、希望と絶望の両端にあるんだ。
コレが、最後の手紙だ。
後で出しに行くよ。
海に拒まれた僕達の愛。
でも、想うだけなら許されるだろう?
友子。
僕の想いを受け取っておくれ。
そうすれば、少しは僕を許すことが出来るだろう?
君は一生僕の心の中に居るよ。
結婚して子供が出来ても、人生の重要な分岐点に来るたび、
君の姿が浮かび上がる。
重い荷物を持って家出した君。
行き交う人ごみの中に、ポツンッと佇む君。
お金を貯めてやっと買った、白のメリヤス帽をかぶって来たのは、
人ごみの中で、君の存在を知らしめる為だったのかい?
見えたよ。
僕には見えたよ。
君は、
静かに立っていた。
七月の激しい太陽のように、
それ以上、直視する事は出来なかった。
君はそんなにも、静かに立っていた。
冷静に努めた心が、一瞬熱くなった。
だけど心の痛みを隠し、心の声を飲み込んだ。
僕は知っている。
思慕という低俗の言葉が、太陽の下の影のように、
追えば逃げ、逃げれば追われ。
一生。
あ、虹だ。
虹の両端が海を越え、僕と君を、
結び付けてくれますように。
<野玫瑰>
君を忘れたフリをしよう。
僕たちの思い出が、
渡り鳥のように、
飛び去ったと思い込もう。
君の冬が終わり、
春が始まったと思い込もう。
本当にそうだと思えるまで、
必死に思い込もう。
そして、
君が、
永遠に幸せである事を、
祈っています。